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2026年冬季五輪開幕!私の「コルチナダンペット」

2026年02月06日

イタリアのコルティーナ・ダンペッツォで冬季オリンピックが始まりました。 私が初めてその名を聞いたのは、わずか7歳の時のことです。「コルチナダンペット」

子どもの頃から毎年お正月は、両親や兄弟と長野の最奥、白馬コルチナスキー場にある山小屋で過ごすのが恒例でした。

夢の跡、アルミニウムの山小屋

今から50年以上前、栂池へ向かう山の傾斜に立ち、周囲の山々を見渡しながら「ここにスキー場を作ろう!」と決意した方がいます。静岡大学の影山先生です。 イタリアのコルティーナ・ダンペッツォに似ていることから、この地を「コルチナ」と名付けた先生とは、毎年お正月を山小屋で共に過ごしました。

その山小屋は、静岡大学工学部と当時の日本軽金属(株)が協力し、「豪雪地帯でアルミ製の飛行機の機体がどれほど耐えられるか」という実験名目で作られたものでした。除幕式には小谷村の村長さんや、リフトを運営する長野電鉄の社長さんも参加されたそうです。

泣きながら歩いた雪の道

初めて小屋へ向かった7歳の冬。 新宿から「9時ちょうどのあずさ3号」に乗り、終点の南小谷駅へ。そこから長い山道を歩き、鍵を管理している土倉の「かねはち旅館」さんに寄ってお餅を受け取ります。 一人乗りの小さなリフトを降りると、子供の背丈ほどもある雪の壁。大きなリュックを背負い、初めての雪道を泣きながら歩いたのを今でも鮮明に覚えています。

それから15年後。ホテルグリーンプラザ白馬が建設されると、交通の便は劇的に良くなりました。バスが小屋の真下まで通るようになり、リフトもフード付きの高速4人乗りに。かつての静かな雪山は、多くのスキーヤーで賑わう場所へと変わっていきました。

時代と共に変わる景色

両親と過ごしたコルチナのお正月、そして親となり、自分の子供たちを連れて行ったお正月。 影山先生が亡くなり、老朽化のため山小屋は解体されました。かつて50軒以上あった民宿も時代の流れと共に姿を消し、お世話になった最後の一軒も数年前にその歴史に幕を閉じました。

今、改めてコルチナで過ごした50年のお正月を思い出しています。 窓の外にやってくるキツネやタヌキ。リフトから見えたウサギやカモシカ。 小屋への一番乗りの大仕事は、雪に埋まった玄関を掘り出すことから始まりました。

再び、あの山に光が当たる日を

2026年の冬季オリンピックをきっかけに、白馬コルチナが再び脚光を浴びる日が来るのを願ってやみません。 もし影山先生が当時、カナダのウィスラーへ行っていたら……。今頃ここは「白馬ウィスラー」になっていたかもしれない、なんて想像を膨らませたりもします。

50年の歴史を知る懐かしい雪山の景色に思いを馳せながら、来年はコルチナで孫にスキーを教えようかな。

                                                   ふたば税理士法人 O

 

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