西俊輔の「毎日楽しく」

厳しい冬があるからこそ

新年度が始まりましたね。ただ、コロナは未だ収まらないため、今年も入学式や卒業式、お花見や歓送迎会といったイベントを以前のように行うことができず、若干、寂しい春になってます。去年から今年にかけて、弊社にも何人かの新しいメンバーが加わってくれてるんですが、もう1年以上、歓迎会や仕事の打ち上げができてないのは本当に寂しい限りです。それでも東京などでは桜が咲き、北海道では雪解けがすすんで、コロナ禍の中でも春はちゃんとやってきます。そして、北海道、特に気温が低くて雪が多く、冬が厳しい旭川にいると、この、春が来る喜び、というのは格別なものがあります。

3月上旬、旭川では記録的な大雪の日があり、そのせいで幹線道路などでは大渋滞が発生し、外に停めてた私の車の上にも信じられないぐらいの雪が積りました。その量はセダンタイプの車が背の高いミニバンに変身するほどで、この日は夜遅くまで自宅前の除雪をすることになりましたが、雪が降らないところに住む人たちにとっては、こうした大変さは経験しないで済むものです。

猛吹雪で視界がきかない中を事故にあうかもしれない恐れを持ちながら車の運転をしなければならないことや、車が雪にはまって動けなくなり、救助を呼ばなければならなくなることも同様です。そういう大変さにあうたびに私はついつい、雪の無いところをうらやましく思ったり、暖かい南の島への憧れなどを口に出してしまうことがあるんですが、つい先日、ある人から、「そういう厳しい冬があるからこそ春が待ち遠しいんだよね」と言われて、はっとしました。

たしかに、こういう厳しい体験はしないで済むならそれに越したことはありませんが、たぶん、常夏の島に住む人たちにとって、雪国に住む私たちがどれほど春を待ち遠しくうれしいものだと思ってるか、その気持ちは理解してもらえないかもしれません。また、そうした気持ちを持てる機会があることを幸せと考えるなら、雪国に住む私たちは常夏の島に住む人たちより幸せの数がひとつ多いと言えるのかもしれません。

人間は「慣れ」る生き物ですから、どれほど恵まれた環境にいてもそれが当たり前になると、そこに幸せを感じ続けることは難しくなるものです。そもそも、世界の中でもトップクラスの恵まれた環境の日本に住んでること自体に、私たちがふだんどれほど感謝の気持ちを持っているかを考えてみてもそれはわかります。厳しい環境が続けば続くほど、その後の有り難みを強く感じることができるとすれば、今回のコロナ禍があけたときには、その喜びもきっと格別なものになるでしょうね。

一覧に戻る